「パソコン禁止」「運動会」「社員旅行」が会社を強くする〔2014年05月14日(水) 週刊現代〕

経済の死角
2014年05月14日(水) 週刊現代
特別 企業レポート 「パソコン禁止」「運動会」「社員旅行」が会社を強くする
サントリー 資生堂 三井物産 バンダイナムコほか

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39169




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日本を代表する大企業が、いま「原点」への立ち返りをはじめている〔PHOTO〕gettyimages

いまやIT革新は日進月歩、便利になるばかり。しかし、その利便性はときに企業を危機に陥れる。顔を直接突き合わせる「人」と「人」とのコミュニケーションこそが、会社が生き残るカギになる。

メールは時間のムダ

サントリーでは毎週水曜日の午後になると、オフィスの雰囲気が一変する。デスクに座る人の数が減り、社内のあちこちでミーティングの輪ができあがる。オフィスには話し声が響き、活気のある空気に包まれる。一方で会社を離れ、外出する営業系の社員も多い。サントリーが昨年1月から実施している「プレミアムタイム」。毎週水曜日の12時から3時間、社内のパソコンに接触することが禁じられているのである。

同社が「パソコン禁止」タイムの導入に踏み切った理由はこうだという。

「どこの部署でも、なんでもメールでやりとりするようになり、そのために時間を取られ、現場に出る時間が減っているのではないかという懸念が指摘されていました。とくに若い人たちにとってIT依存からの脱却は大切だと思います。

もちろん、ITにもメリットはあると思うんです。でも仕事は結局、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションで成り立っています。プレミアムタイムの導入以降、結果として足を運んで人に会おうという意識が高まりました」(サントリー広報部)


サントリーホールディングスの佐治信忠社長は今年1月、米国の酒造大手ビーム社を160億ドル(約1兆6500億円)で買収すると発表した。この買収で同社は世界第3位の蒸留酒メーカーに浮上する見通しだ。グローバルな成長を視野に入れるサントリーが、組織を強くするために始めた施策の一つが、「IT断ち」だったというわけだ。

当初、「プレミアムタイム」の導入によって水曜日の残業が増えるのではないかといった声も社内にあった。だが、実際に始めてみるとそれは杞憂に終わった。それどころかプラス効果があらわれ始めている。

「いままでと何か違うことをしようという意識が芽生え始めているようです。営業部署だけでなく、関係部署全員で街頭に出て販売動向を確認しに行ったり、メールも漫然と送るのではなく、送ったあとに電話を一本入れて口頭でお礼を言ったりとか、具体的な変化が見られます。あらためてアナログの大切さが見直されてきたようです」(同前)

サントリーでは「プレミアムタイム」の実施に先立って全マネージャーに『「IT断食」のすすめ』を配付していたという。同書の著者であるローランド・ベルガー日本法人会長の遠藤功氏が語る。

「メールを送ってコミュニケーションをとったつもりでも、意図が正しく伝わっているとは限りません。それなら直接会ったり、電話で話したりしたほうが正しく伝わるし、相手の言い分も理解できる。すべてITに頼ると、かえって非効率的になって仕事の質が落ちるということです」

メールのほうが手軽で便利ではあるが、相手に訴えるものは希薄だ。直接会ったほうが相手に熱意が伝わるのは当然。さらに言えば、メールよりも手書きの手紙のほうが相手の気持ちを確実に揺さぶる。

「つまりITは手抜きの道具なんです。それも仕事をしたつもりにさせてくれる道具です。パワーポイントにしても、パソコンがきれいに資料をつくってくれますけど、資料を見栄えよくしたからといって、それ自体に一銭の価値もない。中身をよくするために時間を使うのではなく、資料を飾りつけることに時間を使う。それで本人は仕事をしたつもりになっているから、効率はどんどん落ちていく。それに気づかないビジネスマンが増えているのが現状です」(遠藤氏)

パソコンをすべて処分した

ならば、いっそ社員からパソコンを取り上げてしまったらどうか。こんな荒療治を営業部門全体で実践した会社がある。

岐阜県安八郡にある電気設備資材メーカーの未来工業は、山田昭男氏(現・相談役)が創業したユニークな会社だ。「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)の禁止」「残業なし」「70歳定年」など、普通の企業では考えられない会社の決まりを掲げる。そして3年前、創業者からすべての営業部員に対し「使用しているパソコンを本社に送れ」との指示が出された。その結果、全国の支社から83台のパソコンが届き、すべて処分されたという。その結果どうなったか。同社の営業部長・安田啓司氏が話す。

「最初は不安がありましたよ。いつも使っていたものがなくなってしまったんですから。でも、目の前にパソコンがあると、必要もないのに電源を入れてしまって、仕事とは関係のないサイトを見て遊んでしまうこともあるじゃないですか?営業部員たる者、お客さんの前にいてこそ、存在価値があるんです。パソコンがなくなってから、営業マンが積極的に現場へ行くようになりました。いわば原点回帰ですね」

パソコンを処分したことで、かえって時間の使い方がうまくなり、顧客との関係も濃密になってニーズを的確につかんで営業成績も伸びた。実際にパソコンを撤去して以降も、売上高、営業利益ともに同社の業績は拡大を続けている。

「今となっては、チラシをパソコンで作ってメールで送信するだけで仕事をしていた気になっていたのが、バカらしく思えますよ。いくらIT化が必要だと言っても、私たち営業マンにとってはIT化できない仕事こそが生命線だったのです」(安田氏)

西武ドームに社員が集結

IT機器はこの数年で長足の進歩を遂げた。その代表が爆発的に普及しているスマートフォン(スマホ)だろう。インターネット上での情報検索や簡単なメールのやり取りはスマホで十分に可能になった。だが、便利なはずのスマホが、実は仕事を妨げているのではないか。いや、それどころか、スマホが人間の基本的な能力さえ損なっているのではないか。

岐阜県関市にある産業用機械部品メーカー・岩田製作所社長の岩田修造氏は昨年7月、思い切った取り組みをスタートさせた。私用でスマホを使わない社員に月額5000円を支給することにしたのだ。

そのきっかけは昼休みのときに目にした「異様な光景」だったという。

「敷地内のベンチに社員が自然と集まるのですが、彼らの姿を見て唖然としたんです。ズラリと並んで座っているのですが、誰一人隣同士で会話をしていない。みんな手元のスマホをいじって、ゲームやメールをしたりしている。社員同士がやり取りして、お互いに理解し合う場所にもかかわらず、みんながその回路を遮断してしまっているように見えたんです。これでは当たり前のコミュニケーション能力がどんどん落ちてしまう。結果として仕事の能力も落ちていく」

岩田氏がこの妙案を思いついたきっかけは、会社訪問にくる学生のうち新聞を読んでいる若者の割合が1割に満たないと知ったことだった。ネットでニュース項目を眺めるだけでは、物事を把握する力は身につかない。

「これからはアナログ的な能力をもった社員の育成と獲得が会社の競争力を左右すると考えたのです。そう考えると、月額5000円なんて大した負担じゃないんですよ。全社員(90名)がスマホから切り替えても、経常利益の4%以内にすぎませんから。スマホ断ちの効果だけではありませんが、おかげさまで昨年の10月以降は前年の2割以上、利益が上がっています。あと10年もしたら、しっかりしたコミュニケーション能力をもった組織が強い競争力を発揮する時代になるはずです」(岩田氏)

思えば20年ほど前まで、コンピューターは職場に1台あるくらいで、携帯電話やメールがなくとも、みな不自由なく仕事をしていた。それで結果も出ていた。

その頃まで普通にあった社内行事で、その後、姿を消したものに「運動会」がある。秋晴れの休日、社員とその家族が一堂に会してスポーツに熱中する。ふだん会社でしか顔を合わせない同僚の意外な一面を発見したりして、会社の一体感を感じ取ったはずだ。近年、そんな「社内運動会」を復活させたのが、今月23日に再上場を控える西武ホールディングスだ。

かつて西武鉄道では社内運動会を毎年開催していたが、'98年を最後に行わなくなっていた。西武ホールディングス広報部アシスタントマネージャー・町田元彦氏によると、中止の理由は「社会情勢の変化」だそうで、経費の節減に加えて、社員からあまり喜ばれなくなっていたらしい。

西武鉄道は'04年、有価証券報告書の虚偽記載が発覚し、上場廃止を余儀なくされる。'06年に西武鉄道は持ち株会社・西武ホールディングス傘下となり、同社が'08年から「スマイルファミリーフェスティバル」の名称で運動会を復活させた。

「社会的にもコミュニケーション活性化の必要性が指摘され、社員の一体感を育むうえでも重要と考えております。西武鉄道をはじめ、10のグループ会社と事業所が参加しており、開催場所は当社のランドマークである西武ドーム。昨年は社員の家族とOBを含めて4300人が参加する大規模イベントになりました」(町田氏)

競技は全員参加の大玉送り、ウルトラクイズ、親子競争、フットサル、100人リレーなど。昼食時に西武ライオンズ・オフィシャルダンスチームによるダンスショーなどもあり、フィナーレで球団の応援歌「吠えろライオンズ」を全員で歌い、ビクトリーバルーンを高く上げて閉幕―。

毎年、家族と一緒に参加しているという入社20年目の竹高司氏(西武鉄道運輸部運転課勤務)は昨年、「100人リレー」に初めて参加した。

「チームのアンカーが1着でテープを切ったとき、この日初めて会ったメンバーたちと抱き合って喜びましたね。この運動会の醍醐味は、やはり西武ドームのグラウンドに入れることだと思います。とくに子どもたちは、ふだんテレビで見ているグラウンドに足を踏み入れて大はしゃぎ。仲間や家族との一体感を味わえるすばらしいイベントだと思います」

社内運動会というと、かつての古き良き高度成長期の遺物のようだが、こうした社内行事で社員が気持ちをひとつにすることは、いまの時代にこそ求められている。経済評論家の津田栄氏が言う。

「コスト削減だけでは会社の生産性は上がりません。生産性を上げるには社員のやる気が重要です。最近は不安定な非正規社員が増えたために職場の士気が低迷しがちですが、これでは労働コストを安く抑えられても生産性は上がらない。正社員と非正規社員が混在しているからこそ、社内イベントや飲み会などでコミュニケーションを活性化させることが大切なのです」

パナソニックは昨年度まで2期連続の巨額赤字に苦しんだが、津賀一宏社長のもと、事業の抜本的な構造改革を進め、V字回復を遂げつつある。その一方でパナソニックは、社員同士の泥臭いつながりを重視する会社でもある。本社やグループ各社では部署ごとに社員旅行やパーティなどを実施しており、そのために積立金をプールし、さらに会社から社員一人につき1万円程度の補助も出る。

「最近は近くの公園でバーベキューパーティや、ホテルのレストランを借り切ってのディナーパーティに人気があります。家族の同伴もOKです。ふだんは怖い上司が、実は子煩悩だったというような側面を見て、上司に対する見方が変わったという社員が少なくありません。いずれにしても仕事以外に部署全体でひとつになれる機会は必要ですね。社員それぞれのパーソナリティがわかるし、こういう機会を通して信頼関係が増し、仕事上でも大きな効果がありますから」(パナソニックグループ会社取締役)

「昭和レトロ」を見直す

一方、新たに'09年から社員旅行を実施するようになったのが、バンダイナムコゲームスだ。ここでは社員有志らが30~40ほどの旅行プランを企画して参加者を募り、集まったメンバーごとにツアーを楽しむというスタイル。

「山梨でワイン造り体験の日帰りプラン、マカオでカジノ体験の海外旅行などさまざま。費用は一定額まで会社が負担することになっています」(社長室経営企画部広報課)

バンダイナムコゲームスが、社員旅行に力を入れているのには訳がある。同社はバンダイとナムコの経営統合に伴い、'06年に誕生した新しい会社だ。かつてはライバル関係にあった企業風土の異なる会社が社内の融合を図る方法として始めたのが社員旅行だった。

さらに同社では昨年4月からは毎月、その月に生まれた社員の誕生日を祝う「誕生会」が開催されている。会場は社員食堂で、毎回、大下聡社長が必ず参加し、ハロウィンやサンタクロースなど、その時期に合ったコスチュームで登場することも多く、社員からも好評だという。

「会社の規模が大きくなったために、まったく言葉を交わしたこともない人も少なくないはずです。そこで誕生会を社長自らが発案。部署や年齢にとらわれない社内横断的な交流の場を設けたところ、昨年は対象者の7割が参加しにぎわいました。これからも社員の絆を強固にするイベントとして続けていきたいと考えています」(広報課)

社員の誕生会というと、個人商店や町工場のようだが、企業の経営統合や吸収合併が進んだ昨今に、昭和の温かみをもったこうした取り組みは新鮮かつ有効かもしれない。

「結局、ITは人と人とが触れ合う時間を奪ってきたわけです。その結果、じっくりものを考える習慣が損なわれてしまいました」

そう言うのは、メディアコミュニケーションを研究する江戸川大学教授・濱田逸郎氏である。

「その一方で、ここにきて社歌がブームになったり、社内運動会や社内旅行を始めたり、これらは『昭和レトロ』の企業文化の復活を感じさせます。これはつまり、ITを中心としたバーチャルな関係の前に、人と人との息遣いが聞こえるようなコミュニケーションを取り戻す必要があるということです」(濱田氏)

やっぱり最後は人間関係

こうした古臭いけれども新しい取り組みは、総合商社の三井物産でも行われている。同社は'00年に経費節減の観点からいったんは廃止した独身寮を、'06年に復活させたのだ。現在、都内に男子寮5ヵ所、女子寮2ヵ所。計7ヵ所もの寮を維持するにはそれなりの出費を要しているはずだが、それを補って余りある効果が期待できるという。

「入寮者からは、先輩に気軽に相談できる関係ができて、それが仕事でも役立っているという声が上がっています。お互いに私生活を知っていると、仕事面でも話が早いようです。それに同じ釜のめしを食うことで一体感が生まれますし、とくに男子寮は大風呂を採用しているところもあります。裸のつきあいにより、さらに信頼関係は深まると考えられますので。現在、入寮している社員の10%強が外国人でして、海外の事情や文化の違いを生で体験できることも大きなプラスと考えています」(同社中堅社員)

こうして復活させる伝統もあれば、昔から堅持し続けている伝統もある。資生堂では、入社式で新入社員が「社歌」を歌うのが伝統だ。終戦まもない1946年に制定されたその社歌の1番の歌詞は、

〈あしたの空には雲もにおい、夢さえつやめく小夜のしらべ、ましてや野山の花の色香、清きを高きを尋ねゆきて〉

とあり、これには資生堂が化粧品を通じて世界の女性の役に立ちたいという願いが込められているという。同社の20代社員が話す。

「入社前の研修でしっかり覚えさせられました。おかげでいまでは歌詞を見なくても歌えます。大正ロマン風の歌詞とワルツ調の曲で、銀座発祥という資生堂の企業精神と日本情緒を感じさせてくれる社歌ですね。研修で一緒に歌った仲間とは、その後もしっかりと信頼関係が築けていると思っています」

誕生会に社員寮に社歌。形はどうあれ、「社内コミュニケーション」の原点を大切にしていることに変わりはない。そこはITやデジタルには任せられない領域であるがゆえに、昭和のスタイルがいまも受け継がれている。そうした企業文化を堅持しているのは、なにも歴史ある大企業ばかりではない。

群馬県伊勢崎市に本社をおく明星電気。東証2部上場の総合環境観測システムメーカーで、これまで気象観測システム「アメダス」などを開発した実績をもつ。月周回衛星「かぐや」や、小惑星のイトカワから微粒子を持ち帰った探査機「はやぶさ」に搭載された観測機器も同社製だ。そんな極めて高度な先端技術製品を開発する明星電気で大切にしているのは、とにかく社員が顔と顔を合わせることだという。

同社の開発担当役員、柴田耕志氏が言う。

「何か問題があれば、必ず集まって話をしなさいと社員に言っています。面倒な問題ほど直接会って話すべき。口頭で話せば5秒で済むことをメールでやりとりしていると、それだけで余分な時間がかかります。早く問題を解決するには、すぐに必要なメンバーが集まって話ができる『大部屋のコミュニケーション』が大切です」

そのため、同社の開発部門は役員以下、全員が仕切りなしのワンフロアで作業をしている。さらに社員食堂の壁には、他社ではまず見られないものが掲示されている。全社員の氏名を記した名札が出身地ごとに分けて掛かっており、別の壁には社員の「趣味一覧」が張り出されているのだ。

「同じ出身地、同じ趣味であれば、知らない者同士でも話しやすいと考えてそうしました。同じ趣味の者が集まってのクラブ活動や、社員どうしのゴルフコンペもよく行われています」(経営企画室・木村林一氏)

仕事とは、人と人とのつながりの上に成り立っている。IT技術に頼って、つながりが希薄になると、うまくいく仕事もダメになる。人間関係を濃く保つための原点回帰こそ、会社を元気にする秘訣なのである。

「週刊現代」2014年5月3日号より