『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』生きていて死んでいる状態をつくる〔現代ビジネス

2013年04月18日(木)
『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』
生きていて死んでいる状態をつくる
古澤明=著

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/35439





「シュレーディンガーの猫」は実在する!

「シュレーディンガーの猫」は量子力学の黎明期に、波動方程式の解釈をめぐってシュレーディンガーが提案したパラドックスだ。ミクロな粒子の重ね合わせ状態を猫のようなマクロな物体の重ね合わせ状態として導けるのか?シュレーディンガーはマクロの世界では重ね合わせ状態をつくることができないと考えた。それが今、「できる」という実験結果が示された。

【シュレーディンガーの猫】
箱の中には1匹の猫と放射性元素が入っている。放射性元素が崩壊すると、毒素入りの瓶が割れ猫が死ぬ仕掛けになっている。放射性元素は量子力学に従い確率崩壊するので、箱を開けなければ猫は生きている状態と死んでいる状態の「重ね合わせ状態」になる。いったい、そんなことが可能なのか?

はじめに

 筆者は『量子テレポーテーション』『量子もつれとは何か』というタイトルで、ブルーバックスに解説書を2冊書いた。これら2つのことがらは、20世紀初頭に生まれた量子力学に、アインシュタインらから突きつけられたパラドックス=EPRのパラドックスに端を発している。このパラドックスは後にパラドックスではなく、実際に量子力学的に存在が許される状態であり、実験的にも存在が検証されている。もちろん、それが本のタイトルにもなっている「量子もつれ」であり、その応用が「量子テレポーテーション」なのである。

 ここで、キーになるのは量子力学の根幹である不確定性原理である。不確定性原理とは、1つの量子では測定により1つの物理量しか決められないというものである。もう少し正確にいうと、1つの量子で物理量を測定により正確に決めてしまうと、それと対になった(共役な)物理量は全くの不確定になるというものである。なぜこれがキーになったのかというと、量子もつれではこの不確定性原理の「縛り」をうまい形ですり抜け、一見するとアインシュタインらが指摘したように、非常に奇妙な状況を可能にしているからである。

 2つの量子では2つの物理量を不確定性原理に反さずに決めることができるが、その物理量を相対位置や運動量の和など2つの量子にまたがった物理量にすることで、量子もつれを発生させることができる。もつれた量子の間では、片方の物理量、たとえば位置を決めればもう片方は測定しなくてもわかるという摩訶不思議な関係になっている。ただし、このあたりのことには深入りしない。興味ある読者は是非前著『量子もつれとは何か』『量子テレポーテーション』を読んでほしい。

 実は、不確定性原理から生まれるもうひとつの不思議な状態が、本書で解説する「シュレーディンガーの猫」なのである。上で述べたように、不確定性原理から、1つの量子において1つの物理量を測定によって決めると、それと対になった(共役な)物理量は全く決まらなくなる。量子力学では「全く決まらない」ということを「すべての状態の重ね合わせ」と読み替える。ただ、これは単なる読み替えではなく実体を伴う。

 いずれにしても不確定性原理から「重ね合わせの状態」が生まれる。それでもここまでの話は量子、つまり原子や光子1個という極めてミクロな世界での話であり、気持ち悪さはあっても、ミクロな世界ではそんなものだろうと割り切ることができた(かもしれない)。しかし、量子力学の生みの親のひとりであるシュレーディンガーが、マクロな存在=たくさんの原子(量子)の集合体である猫でも、重ね合わせの状態ができるのではないかと提案した。これがシュレーディンガーの猫のパラドックスであり、本書の主題なのである。

 シュレーディンガーがこの思考実験で提案したかったことは、ミクロな世界の粒子だけでなく、たくさんの粒子が集まったマクロな存在である猫でも、量子力学で規定する重ね合わせの状態ができるのではないかということである。

 これに対する今のところの答えとしては、猫をはじめとするマクロな存在は外部からの影響を常に受けているので、量子力学の特性は壊れてしまうというものだった。当然、重ね合わせ状態も見られない。だが、それは本当に真実なのだろうか。外部の影響を受けない状態であれば、マクロなものでも重ね合わせ状態をつくることができるのではないだろうか。

 本書ではこれらのことを、筆者が専門としている量子光学を用いて説明する。そのようにするのは、筆者が実際に行っている研究なので、最先端の量子力学の実験(検証)を臨場感をもって感じてもらえるということもあるが、たくさんの量子をあつかう量子光学では、光子を自在に重ね合わせて実験を行うことが可能だからである。つまり、量子光学は、マクロな存在=たくさんの量子(光子)の集合体を用いて、量子力学の実験が容易にできる唯一の存在なのである。

 たとえば、レーザー光線の状態は、多数の光子の重ね合わせ状態であり、個々の光子がバラバラに飛んでくる状態でもある。しかし一方で、レーザー光線は極めて純粋な(古典的な)波であり、その証拠に干渉する。したがって、レーザー光線は、量子の集合体でありマクロで古典的な存在でもある。

 本書の最終目標である「シュレーディンガーの猫」では、マクロな存在としてレーザー光線を考える。そして、位相が反転した2つのレーザー光線(の状態)の重ね合わせの状態を「シュレーディンガーの猫状態」、すなわち生きている猫と死んでいる猫を重ね合わせた状態と考える。これを理解するには、まず1個の光子の性質について理解し、それらが集まる(重ね合わされる)とどのようになるかを理解する必要がある。本書ではそのような順序で解説を試みる。

 また、レーザー光線では、「粒子(量子)の集合が波になって」おり「粒子から波が生まれている」が、実は光子1個でも立派な(?)波になっている。この量子力学の本質「量子は粒子であり波である」ことも、本書では量子光学を用いて解説しようと思う。したがって、本書では「量子は粒子であり波である」ことを理解し、「粒子から波が生まれていく」醍醐味を味わってもらうことを目指している。

 さらに、仕上げとして、本書のメインテーマである量子が集合してマクロな波となったものが、ミクロの世界で起こる重ね合わせの状態となること=「シュレーディンガーの猫状態」まで理解してもらえたら完璧である。つまり、ミクロな存在=光子からスタートし、マクロな存在=レーザー光線となり、それがミクロな現象=重ね合わせを起こすという構造がわかってもらえたらとてもうれしい。また、シュレーディンガーの猫状態とその量子状態変換が量子情報処理=量子コンピューターそのものであることにも言及しよう(図A)。

 以上のことを図を用いて示してみよう。本書の最終目標であるシュレーディンガーの猫状態とは、マクロで古典的な存在である、位相反転した2つのレーザー光線の状態が重ね合わされた状態であり、図Bのような状態をいう。

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 これは図Cのような古典的な混合でもないし、図Dのように波同士が打ち消し合うことでもない。

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 本書では読み終わった後に、これらが理解できるようにしたつもりである。
 実はもうひとつこの本で解説したいことがある。それは量子力学のシュレーディンガー描像(びょうぞう)とハイゼンベルク描像についてである。もちろん、シュレーディンガー描像のシュレーディンガーとは、シュレーディンガーの猫を提案したシュレーディンガーその人である。

 筆者の勝手な思い込みかもしれないが、量子力学の理解を困難にしている原因のひとつに、このシュレーディンガー描像とハイゼンベルク描像をあまり注意せずに、混ぜて使っていることが考えられる。特に、量子の粒子性のところをシュレーディンガー描像で説明し、量子の波動性のところをハイゼンベルク描像で説明する傾向がある(前2作についてもいえることだが)。そこで今回は、これらについても解説を試み、量子力学を少しでも理解してもらえるよう努力したつもりだ。

 たとえば、重ね合わせの状態というのはあくまでシュレーディンガー描像での話なのに、図Dの波が打ち消し合うところはハイゼンベルク描像の話にすり替わっているため、この図は全くの見当違いとなっている。シュレーディンガー描像、ハイゼンベルク描像ともに重要な考え方なのだが、このように誤解している人が多いのが現実だ。本書ではできる限り、現在使っているのがシュレーディンガー描像であるかハイゼンベルク描像であるかを明示し、読者の混乱を回避するように努めたつもりである。

 それでは状況説明は終わったので本論に移ろう。



目次
第1章 量子力学の準備
第2章 1つの量子から多数の量子集団へ
第3章 量子の波動性
第4章 シュレーディンガーの猫状態
第5章 実在するシュレーディンガーの猫



画像著者 古澤 明(ふるさわ・あきら)
1961年埼玉県生まれ。1986年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。(株)ニコン開発本部研究所(東京都品川区)、同筑波研究所(茨城県つくば市)、東京大学工学部物理工学科助教授を経て、2007年より、東京大学工学部物理工学科・大学院工学系研究科物理工学専攻教授。工学博士。1996年から2年間、カリフォルニア工科大学客員研究員。1998年に成功した決定論的量子テレポーテーションの実験は、Science誌が選ぶ1998年の10大成果に選出された。久保亮五記念賞、日本学術振興会賞、日本学士院学術奨励賞、国際量子通信賞等を受賞。

画像『「シュレーディンガーの猫」のパラドックスが解けた!』
生きていて死んでいる状態をつくる

著者:古澤明

発行年月日:2012/09/20

(前書きおよび著者情報は2012年9月20日現在のものです