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zoom RSS 【24カ月目の福島はいま】3.11から2年、鎮魂と怒り。未だ復興の道筋見えず〔民の声新聞〕

<<   作成日時 : 2013/03/12 08:50   >>

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2013年03月12日(火) 06時39分37秒
【24カ月目の福島はいま】3.11から2年、鎮魂と怒り。未だ復興の道筋見えず
テーマ:被曝
http://ameblo.jp/rain37/entry-11488251620.html





あの日から丸2年。福島県内では亡くなった人々への鎮魂と先の見えない避難生活に怒りの声が交錯した。巨大な揺れと津波に加え被曝の三重苦。いつになったら放射線量が下がるのか、あと何年仮住まいを続ければ良いのか…。厳しい冬を2回越え、間もなく春が訪れる。だが、原発事故の傷跡はあまりに深く、復興は容易ではない。中通りの3.11を歩いた。



【先の見えぬ仮設住宅での避難生活】

女性の怒りに満ちた言葉が、相双地区から避難を強いられている人々の胸中を代弁していた。
「家があるんだよ、自分の。でも原発事故のおかげで帰れない。自分の家があるのに仮設住宅を出られないんですよ。何十μSVもあるんだから…」
JR白河駅近くにある双葉町の仮設住宅。集会所では追悼の炊き出しが行われ、サンマのつみれ汁などが振る舞われた。献花台には朝から花が絶えず、多くの人が津波などで亡くなった故人の冥福を祈った。
福島第一原発から数km圏内の双葉町を襲った巨大な揺れに、電気工事中の作業員は電柱にしがみつき、パーマ中の女性はカーラーをつけたまま店外に飛び出した。道路が隆起し、バイクが転倒。そして津波と放射性物質の襲来…。あれから2年経っても、自宅での団らんは叶わない。
男性は「車を買い替えたら『余裕があるな』と言われた。冗談じゃない。車は移動に必要なもの。余裕があればとっくに仮設から出ているよ。国も県も何もしてくれない、東電だって100%賠償しているわけではない。何割もカットされているんだから。生活に余裕がないからここから出られないんじゃないか。誤解されては困る」と語気を強めた。農耕具も、領収書が保管されていなければ賠償の対象外。「挙げ句にひと山ナンボだよ」(男性)。一時帰宅の際に日頃使っていた農耕具を写真撮影し、東電に提出した女性もいた。しかし、認められなかった。「ただでさえパニックなのに、領収書なんかきちんと揃えられますか?」。女性の怒りはもっともだ。
仮設住宅近くの民間借り上げ住宅に暮らす60代の男性は、そこに落ち着くまでにいわき市や南相馬市など8カ所の避難先を転々とした。娘の嫁ぎ先である兵庫県加古川市に身を寄せたこともあった。「娘の旦那にガソリンを用意してもらって、車で半日かけて行ったよ」。だが、町がその後どうなったのか、原発は大丈夫なのか、遠く離れていては情報を得るのが難しい。ほどなくして福島に戻ってきた。
自宅は福島第一原発から3km。夜中は、タービンの音が聞こえたという。息子は今でも、原発内の免震重要棟で働いている。愛犬の散歩に出かけようと立ち上がった瞬間から始まった悪夢。ただただしがみつくのが精一杯だったことを良く覚えている。
「2年か…あっという間だったな」
男性はそれ以上、言葉が出なかった。
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【村に残されたペットも犠牲者だ】

JR松川駅近くの仮設住宅では、飯舘村の人々が避難生活を送っている。同村は立ち入りは自由にできるようになったが、依然として放射線量が高いことから自宅などに寝泊まりすることは禁じられている。福島第一原発から約40km離れた県立相馬農業高等学校飯舘校では、3.6μSVに達する。浪江町や双葉町のように許可が無くても立ち入れるからといって安全ではないのだ。
間もなく70歳になる女性は、他の住民とともにお揃いのジャンパーを着て仮設住宅内を回り、高齢者の話し相手になっている。「月一回開かれるサロンは好評なんだよ」。だが、住み慣れた村の話になると表情が曇った。
「ここは、入居する時からペット禁止が条件だったんだ。だから、自宅に犬や猫を残したまま避難している人もいるんだよ。週に一回くらい、自宅に帰って世話をする。犬や猫もかわいそうだよね。家族同然なのに。動物だって犠牲者なんだよ。人間だけじゃないよ」。人けのない、静まり返った村で飼い主を待つペットの胸中はいかばかりか。
入居者たちが好んで散歩に出かけるという近所の公園は、依然として高線量。松川工業第一公園は地表真上で1.2μSV。第二公園でも同0.8μSVに達した。避難先が高線量という不幸。女性は「どこにも行くとこねえから、ここに住むしかねえ。しかし、なんも悪いことしてねえのにな」と哀しそうな表情をした。震災から丸2年などと感傷に浸っている状況ではない。いつまで仮≠フ生活が続くのか。
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【あまりに深い原発事故の傷跡】

安倍晋三首相は記者会見で「被災地には希望の光が確実に生まれつつある」と語った。しかし、福島県内に本当に「希望の光」は降り注いでいるだろうか。
依然として放射線量の高い伊達市では、市立小国小学校の新入生がついにゼロになった。二本松市や本宮市では、除染作業が進まず、通学路など至る所でホットスポットが存在する。郡山市では、地震で損傷したボウリング場の解体工事すら行われていない。福島ばかりではない、福島第一原発から100km離れた栃木県那須塩原市でも、高濃度汚染が確認されている。
また、原発事故がなければ起きなかった分断、住民同士の軋轢も見られる。「仮設住宅の入居者と、民間借り上げ住宅の利用者の交流がうまくいっているのは白河ぐらいじゃないか」と話すのは、双葉町の仮設住宅入居者。東電社員であることを理由に周囲から責められ、とうとう退職してしまった人もいるという。伊達市の下小国地区では、特定避難勧奨地点の指定をめぐり、指定を受けられた住民と受けられなかった住民との不仲が尾を引いている。原発事故がもたらした傷跡はあまりに深い。
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(了)

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